術後にICU入室した患者さんを受け持つ事になりました。
指導医「この症例、心疾患があるからHb高めになるように輸血しといてー」
と言われたとします。
・そもそも心疾患があるとHb高めにした方がいいの?
という疑問を持った人はぜひこの記事を最後まで読んで欲しいと思います。
目次
冠動脈疾患があってもHbの目標値は7.0-8.0g/dL
結論から言います。
冠動脈疾患があるからといって積極的に輸血してHbを高く保つ事は推奨されません。
ACPの心疾患を持つ貧血の治療ガイドラインから推奨を抜粋します。
Recommendation 1: ACP recommends using a restrictive red blood cell transfusion strategy (trigger hemoglobin threshold of 7 to 8 g/dL compared with higher hemoglobin levels) in hospitalized patients with coronary heart disease. (Grade: weak recommendation; low-quality evidence)
冠動脈疾患がある症例でも制限輸血(輸血閾値Hb7-8g/dL)が推奨される、という事です(弱く推奨、ですが)。
結論としてはシンプルなのですが、あくまでも「弱く推奨」であり絶対的なものではありません。
詳しくはリンク先のガイドラインを一読して欲しいのですが、概略だけさらっと解説します。
心疾患を対象とした輸血閾値の研究はいくつかあるものの、エビデンスレベルが高い研究は少ないようです。
それらのmeta-analysisで、積極輸血(liberal:Hb>10)と制限輸血(restrictive:Hb<10)では死亡率に差が無かったとの結果です。
疾患ごとに見るとPCIの既往やACSの研究が多く、それらでやはり死亡率に差がなく、むしろ積極輸血の方がやや予後が悪い傾向があります。
急性非代償生心不全を対象としたものは観察研究のみで、結果も一定していないため結論は出ていません。
なのでガイドラインの推奨では「冠動脈疾患」と限定されています。
輸血閾値の研究のはじまり:TRICC study
輸血の閾値に対する研究で最も有名なのはTRICC studyです。
TRICCはTransfusion Requirements in Critical Careの頭文字をとったものです。
ICU症例でHb9g/dLとなった症例を
・制限輸血群(Hb<7g/dlで輸血、7-9g/dLを目標 )
・積極輸血群(Hb<10g/dlで輸血、10-12g/dLを目標 )
の2群に分けた多施設RCTです。
結果は死亡率に差がなく、心血管イベントや肺水腫は積極輸血群の方が高かったという結果でした。
おそらくこの研究をきっかけに様々は病態において輸血閾値に関する研究が広がっていったと思われます。
輸血に関する研究のリンクをいくつか貼っておくので興味があれば読んでみてください。
・敗血症性ショックへの輸血
・心臓血管外科術後の輸血
・消化管出血への輸血
まとめ
心疾患を持つ症例に対する輸血閾値のエビデンスについて解説しました。
ちなみにもしあなたが初期研修医の場合は、指導医に「冠動脈疾患があってもHb高めに保ったほうが良いというエビデンスはありません」と主張するのはオススメしません。
質の高いエビデンスがあるとは言えず、あくまでもガイドラインでの弱い推奨なので、「絶対正しい」というものではないからです。
もちろん全て指導医の判断が正しいとも限りません。
エビデンスと目の前の患者さんの状態を踏まえて「自分が主治医ならこうする」ということを考える習慣をつけると良いかもしれません。