高齢者の原因のわからない失神を入院させるべきか?

研修医・若手医師

失神で救急外来を受診する患者さんを診る機会って少なくないですよね

救急外来を受診する主訴の2-3%とも言われます。

特に原因は見つからなかったけど、経過観察入院てしたほうがいいのかな?

と疑問に思ったことはないでしょうか。

ここでは失神の経過観察入院に関する1つの論文を紹介します。

目次

救急外来で失神の原因はわからないことも多い

失神の患者さんで考えるべき鑑別の代表としては

  • 心原性失神
  • 起立性低血圧(消化管出血なども含む)
  • 迷走神経反射

です。

そして頻度は下がりますが、大動脈解離や肺塞栓、SAHなんかもあります。

これらを除外するために病歴聴取・身体診察を行い、必要な検査を考えていくことになります。

失神の診断に関してはここでは深くは扱いませんが、JAMAの

Did This Patient Have Cardiac Syncope?The Rational Clinical Examination Systematic Review(PMID: 31237649)

にまとまっているので参考にしてください。

高齢者の原因不明の失神を入院させるべきか?

失神患者さんを経過観察入院すべきか?というのは悩ましい問題です。

上記の鑑別を考えて診察していっても多くは原因がわからない(たぶん迷走神経反射かな・・でも心原性は完全には否定できない・・)ことが多いですよね。

この疑問に立ち向かうべく行われた研究を紹介します。

Annals of Emergency Medicineに2019年に掲載されたもので

Clinical Benefit of Hospitalization for Older Adults With Unexplained Syncope: A Propensity-Matched Analysis(PMID:31080027)

米国の11の救急施設で行われた後ろ向き観察研究のプロペンシティスコアマッチングを用いた研究です。

研究のPECOは

  • P:60歳以上のsyncope or near syncopeを主訴に来院した症例 救急外来で致死的な疾患(致死的不整脈、重度の出血など)の診断がついたものは除外
  • E:経過観察入院
  • C:外来フォロー
  • O:30日以内の致死的イベント

です。

(PECOってなんだっけ?という方は、Journal Clubのための効率の良い論文の読み方の記事も参考にしてください)

2492人が参加し、プロペンシティスコアマッチング後は1062人(各群532人)が解析対象となりました。

“プロペンシティスコアマッチング”という解析方法は簡単に言うと、両群のリスクが同等の症例をペアにして、背景の差を減らす方法です(ペアにしてるので両群の人数も同じになります)。

結果としては、経過観察入院と外来フォローでは30日以内の致死的イベントの発生に差は無い、となりました。

「なるほど、それなら診断がついていない高齢者の失神は入院させなくてもいいのか」

というと、この研究だけで判断するのは難しいと思います。

後ろ向き研究ならではの限界ですが、やはり入院している症例は帰宅している症例に比べリスクが高い症例が多いです。

事実、プロペンシティスコアマッチング前の“純粋な比較”では入院症例のほうが致死的イベント発生率が高かったのです。

この元々2群間にある差を調整するためにプロペンシティスコアマッチングを行なっているのですが、

この方法の限界として、今回取り上げたリスク以外の差は無くせていないということがあります。

今回の研究でいうと、年齢や心疾患の既往、トロポニン値などが調整されていますが、それ以外のパラメーターは差がある可能性があります。

ここが後ろ向き研究の超えられない壁です。

一方でRCTは未知のファクターすら理論上は差を無くせるのですが、救急外来での研究ではなかなかRCTが組みづらい(倫理的な問題など)というジレンマがあります。

この研究の限界として、統計的手法として調整はしているけれど入院した人たちのほうがリスクが高い可能性は残る、ということです。

Editor’s Summaryでも今回の研究は失神の診療を大きく変えるまでにはいたらないけれど、原因不明の失神症例を帰宅させることは安全かもしれない。

というコメントにとどまっています。

ちなみにintroductionで述べられていて驚いたのですが、米国では失神症例の50%が入院している(医療費もばかにならない)という背景が述べられていますが、

50%て多くないですか?

個人的な感覚ですが日本では10%も入院していないような印象です。

なので、アメリカは入院しすぎだからもうちょっと帰宅できる症例はありそう、とは言えるかもしれませんが、

日本は今でもけっこう帰宅させがちなので、このアメリカの研究をもとに今よりさらに入院を減らす、ということは難しいかな、というのが僕の個人的な結論です。

まとめ

高齢者の原因不明の失神について、経過観察入院すべきか、という臨床的疑問をあつかった論文を紹介しました。

この研究だけで結論は出せなそうでし、日本と米国の事情も違いそうなので、結局は個々の症例で判断していくということになりそうです。

全例入院させる必要はなさそうですが、特に高齢者の場合は経過観察入院はオプションとして持っておく必要はあると思います。