タイトルは「細菌性腸炎の抗菌薬の適応」となっていますが、お気づきの通り、
そもそも救急外来において、細菌性腸炎かウイルス性腸炎かを確定することは困難です。
なので細菌性腸炎への抗菌薬の適応を理解することで、救急外来で腸炎(発熱・下痢など)を疑った時の抗菌薬の適応を考えられるようになる、ということが真のゴールになります。
目次
細菌性腸炎の原因微生物と抗菌薬の効果
腸炎疑い(急性下痢症)に対するエンピリックでの抗菌薬投与は推奨されません。(up to dateもそう言ってます)
ただし、以下のような場合にエンピリックな抗菌薬投与は妥当とされます。
- 重篤な症状(高熱、頻回の下痢、入院が必要な程度の脱水)
- 細菌性腸炎を強く示唆する粘血便
- 高齢(70才以上)、心疾患、免疫不全
この根拠について、細菌性腸炎の原因菌ごとにエビデンスも交えて解説していきます。
サルモネラ
原則として、重症ではないサルモネラ腸炎に抗菌薬を投与してもメリットはありません。
698人の成人の下痢症に対してキノロン系抗菌薬とプラセボを比較したRCTを紹介します。
便培養から菌が判明したのは51%で、カンピロバクターとサルモネラが最も多い原因菌でした。
症状改善までの日数が1.7日vs2.8日と抗菌薬群の方が約1日ですが短くなりました。
これは特に重症な症例で差が出る傾向がありました。
ところがサルモネラに限定すると、症状改善期間の差が出ませんでした。
さらに便からサルモネラが検出される期間が抗菌薬投与群で長くなったというのです。
なので少なくとも合併症を持たない成人については抗菌薬投与はメリットよりもデメリットが大きい可能性があります。
ただし、サルモネラは血流感染を起こす可能性があるので動脈瘤などの血管病変や高齢者、免疫不全などを持つ症例では抗菌薬投与を考慮すべきです。
カンピロバクター
カンピロバクターによる腸炎も原則は抗菌薬を必要としません。
カンピロバクター感染症の抗菌薬の効果をみたメタアナリシスがあります。
カンピロバクター腸炎に抗菌薬投与を行なってもやはり1日程度しか有症状期間を減らさないという結果でした。
なのでこちらもサルモネラ同様に、重症の人、リスクの高い人(高齢、免疫不全、妊婦など)に限定して抗菌薬投与をしましょう、という考えで良さそうです。
腸管出血性大腸菌(O-157など)
O-157などに代表される腸管出血性大腸菌では溶血性尿毒症症候群(HUS)などの合併症が問題となります。
ただし、HUSの発症と抗菌薬投与が相関するという研究結果もあり、ガイドラインでは抗菌薬投与は推奨されていません。
救急外来での便培養の適応
ほとんどの腸炎、下痢症で抗菌薬投与の適応とならないのと同様に便培養の適応も限られます。
便培養が必要なのは以下の主に2つの場合です。
- 抗菌薬投与の適応と考える症例
- 腸管出血性大腸菌などが疑われる場合
抗菌薬投与をする前に培養をとる、は便に限らず感染症診療の基本です。
抗菌薬は不要と考えているような軽症例、リスクが低い症例で便培養を出す意義は乏しいです。
ただしO-157のような腸管出血性大腸菌は食中毒の可能性など公衆衛生的に診断が重要な場合があるので、疑う場合は便培養の適応になります。
まとめ
細菌性腸炎の抗菌薬の適応の考え方について解説しました。
下痢症、腸炎症状で受診する患者さんの多くは抗菌薬の適応となりません。
限られたリスクの高い症例に限定して抗菌薬投与を考える必要があります。
この辺りの感染症の各論については青木眞先生の「レジデントのための感染症診療マニュアル」に詳しく書かれているので(研修医必携の一冊)、まだ読んでいない方は是非読んでみてください。
感染症診療の総論について勉強したい方は、感染症診療の考え方|感染症の三角形+αを理解して抗菌薬を選択する、の記事で解説しているのでよければ参考にしてください。